「2026年やりたいこと。」
今年最初のコラムになります。
少しだけ、自分の話から入らせてください。
白衣の見習い期間が終わり、作務衣を着るようになってから、任されることも増えました。
そして今年の4月で、作務衣になって一年になります。
現場で求められること、見られ方、責任感。
そういったものが変わっていく中で、最近よく思います。
今年はただ頑張るじゃなくて「整える一年」にしたいな、と。
整える。
つまり、めざす状態に全体をよくまとめ上げる。
そんなことを考えていた時、ふとキャンプとトレーニングが頭の中で思い浮かびました。
キャンプって、表向きの目的はシンプルです。
自然の中で過ごす、リフレッシュする、のんびりする。
でも実際にやってみると、いろんな“手段”が増えていきます。
テント。タープ。暖房。焚き火台。薪。
料理道具、火加減、レイアウト、サイトの動線…。
気づけば、「どう過ごすか」の工夫ばかり考えてる。
でもこれ、悪いことじゃないと思っています。
キャンプってむしろ「手段が目的になる」ことが往々にしてあるし、
それこそが趣味の良さでもある。
焚き火で湯を沸かすこと自体が楽しい。
サイトを美しく仕上げること自体が嬉しい。
新しいギアを試すこと自体がワクワクする。
本来の目的が“休むこと”だったとしても、
手段を磨くことがそのまま楽しみに変わっていく。
キャンプは、そういう沼みたいな魅力があります。
ただ、これが競技になると話が変わります。
最近は野球選手のトレーニングを見学、担当させてもらうことがあり、
そこで特に強く感じるのが「目的と手段を曖昧にすると、成長が止まる」ということです。
選手が求められる結果は、はっきりしています。
ホームランが必要なのか。
出塁が必要なのか。
パワーなのか。キレなのか。
目的が定まれば、手段は絞れる。
手段が絞れれば、積み上げが速くなる。
逆に、目的が曖昧なまま手段だけ増えると、
「やってる感」は出るのに、結果に繋がりづらくなる。
筋トレをすること自体が目的になってしまう。
走ること自体が目的になってしまう。
フォームを綺麗にすること自体が目的になってしまう。
もちろん、それらも大事な要素です。
でも競技の場合は、それが「結果を出すための手段」になっていなければ意味がない。
趣味においては、手段が目的になってもいい。
むしろ、それが豊かさになる。
でも競技においては、目的と手段は明確にする必要がある。
なぜなら、その一球、その一打、その一歩で評価される世界だからです。
この違いを現場で見れば見るほど、僕自身にも問いが返ってきます。
「今やっていることは目的につながっているか」
「手段を磨いているつもりで、目的を忘れていないか」
作務衣になって一年が経とうとしている今、
“施術が上手くなりたい”だけじゃなく、
“どんな存在として信頼されたいのか”まで含めて、整えていきたい。
趣味は趣味で沼って楽しみつつ、
仕事では目的と手段のズレを見逃さず、
ちゃんと結果に繋がる積み上げをしていこうと思います。
今年もよろしくお願いします。 |