「アンチコスパ、アンチタイパ」
「テレビは家に無く、スマホやタブレットでYouTubeやサブスクの配信動画を観ています」
ここ数年でこの傾向は更に増加しているようです。若い方の話かと思いきや、お話を伺うと私と同年代かそれより上の世代の方々もそうされている方が多いです。
私も観ないことはありませんがまだまだテレビで得られる情報を頼りにしている部分はあります。
以前「ぴあ」という週刊誌がありました。総合情報誌とでもいいますか、その週に行われる音楽のライブやスポーツの試合、美術館の開催情報や映画の上映予定などエンタメや文化に関するものを一冊にまとめたもので、学生時代に「空いた時間で何をしようか?」と予定が何も決まっていないようなときにとても重宝した記憶があります。
「不特定多数の人に多数の情報を提供している」
これが「ぴあ」で行われていたことかなと思います。そもそも目的のない漠然とした状態の私(読者)が大量の情報(ぴあ)から絞り込みを経て最終決定をする。この「余白」を埋めていくような
作業の過程で全く頭になかった情報をたまたま目にして訪れてみたら(映画や博物館、美術館などで)衝撃を受けた、ということが何度もありました。
かたや今のプラットフォームでは無数の情報からデータを元にユーザーの傾向を割り出して限定された情報だけが流れ続けてくる仕組みになっています。
とても便利で好きなものだけが提供されてはくるので便利ではありますが、興味がないけど見ておかなければならないものだったり、知らないことだから調べただけでも、自分にとって好ましくないものであったとしてもそのアクセスした結果のみで、これを観た人はこれをどうぞ、と避けたいものが山のように押し寄せて来てしまうこともしばしばです。
偶然の出会いが爪痕になる、ことが個人的には大切だと思っています。書籍を買うにしてもネットでは書名や著者名が分からないと欲しいものに辿り着けませんし買うものの情報と買う意志が無いと買えません。
ですが書店でなんとなく見つけたり書棚を眺めていたら気になって手に取ったら面白そうだから買ってみた、いわゆるジャケ買い的な出会いがあります。
私は時間があるときには書店で全く自分には関係のない分野(橋の掛け方、馬の毛並みの整え方、エスペラント語について、など)の売り場でウロウロします。そこでへーっ、となるのが楽しいなと思っています。
自ら行動範囲や思考の枠を限定してしまったり、世の中で知らないのうちにそうさせられたりしてしまいがちですが、その時点で無駄と思えること触れ合える機会は失わずにいたいと思う今日この頃です。
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