「フェリーニとカミュと…」
学生時代、イタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニの「道」という映画を観ました。
映画史に残る名作といわれるものなので鑑賞された方も多いと思います。
粗野で乱暴な旅する大道芸人のザンパノと貧しい家庭環境から彼に買われて妻となり一緒に旅するジェルソミーナの話ですが、彼女は今で言う幾ばくかの発達障害を持ちながらも純粋無垢な女性です。
二人の人間性が対極にありそこから起こる悲劇を描いた物語です。
また「道」を観たのと同時期にアルベール・カミュの「シーシュポスの神話」を読んだ記憶があります。
神を冒涜した罰として大きな岩を山頂まで転がして上げる労苦を負わされたシーシュポスですが、山頂直前で毎度毎度岩が麓まで転がり込ん落ちてしまうため永遠に同じ作業を続けなければならない、というギリシア神話をもとにカミュがシーシュポスの置かれた境遇を元に綴ったエッセイです。
カミュの作品といえば、夏休み時期になると書店に平積みで並ぶ「異邦人」やコロナ禍での世の中と酷似した内容で世界中で読み返された「ペスト」が有名ですがどの作品も「実存主義」「不条理」がテーマとなっています。
「道」や「シーシュポスの神話」の出逢いから30年以上経ちますので詳細はかなり曖昧になっていますが当時受けた心象は鮮明に覚えています。
この2つの作品を足すでなく掛け合わせて増幅させたような衝撃を、アラビア語で同じ「道」を意味する「シラート」という映画を観て追想した次第です。
この「シラート」について何かを語り出すと鑑賞時に体感できるものが激減してしまうので観ていただくしか無いのですが、個人的にはお勧め出来るほど万人向けの映画ではないと思います。
もし、フェリーニやカミュの作品やアニメ「フランダースの犬」や「魔法少女まどかマギカ」がお好きなかたは一度ご覧になっていただいても良いかと思います。
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