「和」
今回担当の西澤です。
またまた独り言みたいな文章ですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
とある休日、外出をしていた際に周りを見渡すと、ワンちゃんの散歩をしている人や、友達同士楽しそうに談笑している人が目に映りました。
皆思い思いの時間の過ごし方をされているようでした。
そして見上げた空には青空、風も心地良く吹いていました。
ふと「こんなにも時間は穏やかに流れていたんだな」
「忙しなくさせているのは自分自身だ」と気付かされました。
そこからのコラムです。
「こうあるべき」と決めつけて結果のみを出そうとすると、何処かに歪みが生じやすいと思います。
「形にはめ込む」事も同じです。
それは例え正しいと学んだ事、もしくは世の中的に常識と言われている事であってもです{勉強でも道徳でも宗教でも)。
それに盲目的に従う事が「真面目」という事ではない。
何故ならそれが、対象にとっては「強引」になるかもしれないからです。
こちらの主張が強すぎるから、対象に無理がかかったり、その反応を感じ取れなかったり、然るべき反応を引き出せなかったりします。
身勝手な結果を引き起こす事になり、対象との間に「和」は生まれない。
{「和」には、仲良くする、合わさる、整う、という意味があります)
大切な事は、「結果はあくまで自然に導き出されなければならない」という事です。
条件を整える事で、結果「勝手になる」という事です。
対象の状況は常に変化するため、そこに対する繊細さがとても大切だと、改めて思います。
そう考えるとまだまだ雑だなと自分自身を振り返りました。
それは物や他者に対してだけではなく、自分自身に対しても。
入門の頃、廣戸先生に言われた言葉が蘇りました。
「丁寧な仕事をしなさい」
最近になって、より意味の理解が深まった気がします。
自然で、無理がかからない事。
そのための準備、手順をちゃんと踏みなさい。
そうすれば全ては滞りなく転がっていく。
それが協応。
「協応は和だ」
そんな事も感じました。
「和解」「平和」「調和」
一人ひとりがそんな心構えでいられたら、世の中の争い事も少なくなりそうですね。 |